生徒が問題を解いている数学の計算ノートを見れば状況はだいたいわかります。直観的にわかり、自動で答えがパッと出てくるような一部の大変に数学できるお子さんたちは、別ですが。

あちこちにちょろちょろと書く生徒、計算ミスが多くなります。少しでも難しい問題になるとパタッと手が止まります。計算式は思考過程そのものなのです。それがあちこちに書くということは思考に連続性や整然さがないという場合は多いです(つまり計算式が思考過程になっていないわけです)。直しておかないと高校に入ってからの数学に苦労します。

また、②均等な小さい字で几帳面にみっちり書いている生徒、ミスが多いうえにスピードが全く足りません。路上教習で「飛ばしすぎはよくないけど、なんでもないところではもっとアクセル踏みこんで、状況に応じてメリハリつけた運転を心掛けて」といわれるような感じです。考えたり、工夫したり、間違ったところを修正したりしようとしていれば、ビッチリとした等間隔で隙間ない計算ノートには自然とならないものです。このタイプは本人からすると「丁寧にやっているんです。ノートの節約にもなるし」となりますし、綺麗で丁寧なノートなのでついほめたくなりますので、難しいところです。

男の子に多いのが③消しゴムをほとんど使わない生徒、逆に「何か間違えたかな?」と少しでも思うと間違いの部分以外も含めて全部消して最初からやり直したりする生徒、単純ミスや符号の間違いが多くなります。一見両者は相反するように見えますが、どこを間違えたのかミス箇所を発見しようとしていれば自然にその箇所だけ修正するはずです。その式のどこを間違ったのか気にしないという点では両者ともに同じなのです。ここを改めないとせっかく理解して時間をかけて勉強していても点数になかなか反映されにくいかもしれません。

女子に多いのが④間違えた問題についてポイントのまとめなどが言葉で色使いよくされている生徒、一見よさそうですが、そのまとめ方が教科書などの言葉の丸写しであることが多いです。ポイントのまとめを書いたとしてもそれを使いこなせないかもしれないし理解できていないかもしれないし、何より大切なことはそのポイントを見ずに計算ミスなく正解を出せるか、ということです。そのためには、練習回数がものを言います。たとえるなら、自動車の路上教習で間違えたことを教則本を丸写ししておしまい。路上教習には出ない、というようなものです。式や説明を写した方がいいですし、数を解いた方がいいですし、まずポイントが理解できているか、が重要です。どこができてどこができていないか、どこをミスしたのか、何を理解すればいいのか、という重要なところがわからないのでとりあえずポイントを丸写ししようかな、ということなのです。つい、カラフルで時間をかけたノートだけに無条件でべた褒めしたくなりますが、それが時に数学の苦手をつくりかねません。「質問したくてもどこがわからないか、わからない」という子に多い傾向です。

いい計算ノートは、①思考過程がわかり、②見直しや修正のあとがあり、そのために余白や行間などがちゃんととってあり、③間違えたところは赤などで間違えた箇所がわかるようになっているノートです。といっても、小学校1、2年生あたりから形成されてきた思考過程そのものであるがゆえ、いきなりは、なかなか変わりませんし、ここにメスを入れることは一旦今までの思考過程をスクラップしてまた作っていくことになりますので当の本人にとっては大変なことなのです。言うは易し、で「闘い」ながら少しずつ日々修正していくことになります。算数・数学の学習が学力アップのカギであるとショウイン式で言うのは、こういう理由からでもあります。