また、訳す前に本文を読まされるのですが、そこでも初日から

andのところを、、、、アンド——と読むと、

「安藤って誰か?」と来るわけです。これまた何人も切られて

、、、、アン(ドゥ)ーーーと読む生徒がでると「よろしい」となるわけです。で、先生はcurry and riceやbread and butter を発音して生徒にリピートさせるわけです。

「カレー、安藤、ライスではないぞー」「ましてパン、安藤、バターでもないぞ」と言って(またクラスに安藤君がいたものですから)みな大笑いしました。そして、「だからロックロールなのであります。」と聞くと、みな、「おーー、なるほど」と感心しきりでした。

これも今思えば素晴らしい教え方だな、とわかりますが、当時は先生、少しこだわりすぎでは?ととらえていたかもしれません。

意味的に弱いところは弱く読む、実際に弱くなりすぎてわかるなら省略されてしまう発音もある(andの(a)dとかI’veのveとか)、子音の発音は子音のみで終わればウ段が当たり前でオ段はありえない、

というナチュラルな英語のリスニングにおいてはとても重要なことを「安藤ってだれか?突然」一発で教え込んでいるわけです。ネイティブにはそう聞こえているぞ、と。

で、これまたあてられて間違いを指摘されるといやなので、必死で発音を練習して授業に臨んでいました。それでも先生に「お前、イントネーションや読み方は確かにうまいが、一つ一つの英語の音の発音がところどころ正確にできていない。」と言われて、ほぼ全部の英語の音の口と歯の動かし方が教科書にたまたま載っていたので舌がつかれるほど黙々と土日に練習して攻略したのを思い出します。